◇ダカール・ラリー中止の背景②
「ダカール・ラリーはシンボルだ。シンボルが崩壊することなどあり得ない」
分かりやすく言うと「ダカール・ラリーは不滅です」とでもなりますか―。
A.S.Oの苦渋の選択は、アルカイーダ系のアフリカ北西部組織「イスラム・マグレブ諸国アルカイーダ組織」(AQIM)の脅しでした。
「フランス政府からは“テロの危険は極限に達している」の警告を受けたし、過激派組織からも「直接脅しを受けていた」ことをA.S.Oは明らかにしています。
脅しの現実を突きつける暴挙が、セネガル国境に近いモーリタニア領内で、フランス人観光客を襲撃。4人を殺害、5人に怪我を負わせた12月24日の事件でした。クリスマス休暇を家族と過ごし、砂漠の旅を楽しんでいた人たちの悲劇です。
この2日後には、モロッコ、アルジェリア国境に近いモーリタニア領で、今度はモーリタニア軍兵士4人が殺害されています。AQIMは両方の事件に犯行声明を出しました。
この組織は昨年1月にアルカイーダ系に加わったと見られ、フランス、スペイン、アメリカの勢力をマグレブ諸国(アフリカ北西部)から追い出すことを狙いにしているといわれます。ダカール・ラリー襲撃は絶好のターゲットということにもなるのです。
570台の車。1500人にも達する参加者は全て丸腰で、武装した集団に立ち向かう術はありません。砂漠は限りなく広く、明らかにされているコースに潜伏するのはたやすいし、キャンプ地を襲うことも砂漠のゲリラにとっては容易です。
兵士が襲撃された北部国境地帯は、ラリーがモロッコのスマラからモーリタニアのアタールへとたどるルートの近くです。フランス人観光客が襲われた南部地域は、後半にラリーが通過する地域で、ともに狙いすました脅しでしょう。
フランスの国土監視局(敵対情報監視)のテロ対策担当者だったルイ・カプリオリさんはずばりと言います。
「奴らは撃ち合うこともなく、メディアを使って勝利した。皆、彼らがパワフルだと思った。しかし、奴らはその地域にいるごく一部の人に過ぎないのだ。ラリー中止の判断は正しいかも知れないが、テロが勝った、という印象はぬぐえない」
フランスのベルナール・ラポルテ ・スポーツ大臣はラリーのキャンセルをこう見ます。
「経済的な損失は莫大だが、決まった以上、経済的な損出を語るべきではなく、論じるならば安全に関してだろう。ラリー通過国の損出は分かるが、安全をまず考慮すべきなのだ」
一昨年、イラクに入国して人質になった日本の若者3人は、交渉の末、解放されましたが「巨額な身代金を支払った」と言われます。日本政府は明らかにしていませんが、昔、昔の日本連合赤軍ダッカ・ハイジャック事件で、今の福田総理の父親・福田赳夫首相が「超法規的解決」と語ったことを思い出します。
アルカイーダ組織にパリダカがそっくり人質になったら、いったいどうなるのか―。フランス政府やA.S.Oが深刻に考えるのも一理あります。
しかし、通過国にとっては屈辱的です。2000年にラリーを受け入れるはずだったニジェールは「テロの危険がある」との警告で、ラリーの一隊はマリのニアメから、ニジェール上空を大型輸送機で飛び越え、リビアへ行ってしまいました。その時、肩すかしを食ったニジェールの情報大臣は怒りをあらわにして言ったものです。
「砂漠での人の動きは、隅々まで分かる。どこのオアシスに誰がいるのかも承知している。テロはない。私は砂漠で生きてきた」
大臣は過去に反政府軍に属し、指揮を執っていた前歴がありました。そして、どこからともなくリークされた情報は、怖いものでした。
「A.S.Oはラリー開催前からロシアの大型輸送機イリューシンのチャーターを決めていた。そうでなければ2日や3日で大型機がアフリカへ飛来するスケジュールが組めるはずもない」
大きな力が働いたのかも知れないし、そうではないかも知れないのです。当時A.S.Oの代表だったユベール・オリオールは、なにも語らないままA.S.Oを去っています。以来、ニジェールの夢のような砂漠をラリーが走ることは出来ません。
モーリタニア観光局のスポークスマンは激しい怒りです。「国家のイメージに著しい打撃を受けた。この決定は驚きだ」と。
セネガル・スポーツ局のスポークスマンも同様です。
「ラリーのキャンセルはセネガルにとって大きな損失だし、通過国全体の問題でもある」
セネガルのホテル連盟は確実にキャンセルの嵐に見舞われ、その後、ヨーロッパからの観光客が、遊ぶにはリスクが高すぎる、と敬遠する事態を予測して悲鳴を挙げます。
「セネガルへ来ようとしている観光客にどんなイメージを与えるのか…。そういうことまで主催者は考えているのだろうか。数百万セーバー・フランの損出は免れない。今後どうなるのか…」
モーリタニアは3000人の軍隊を投入することで、フランス当局、ASOとの打ち合わせを終わっていました。昨年、マリのステージ2日間がキャンセルされた理由も承知だし、反政府勢力がモーリタニア領内の砂漠でラリー通過料として、1台50㌦を徴集したのも分かっているのです。
「我々は今回のラリーの安全を保証した。どこがいけないのだ」とモーリタニア当局者はテレビで発言しています。ラリーの通過で経済的な恩恵を期待する国と、リスクを避けたい主催者・フランスの考えは、どこか食い違うのはやむを得ないことでしょう。
トリノ冬季五輪などの警備も行ったグローバル・セキュリティ・アソシエーションのアンドレス副会長はワシントンポスト紙の問いに答えています。
「テロの脅しで小さなイベントが中止になったのは知っているが、大きな国際的なものが中止になったのは知らない。確かにパリダカのコース全体で、完全な安全を保つのは不可能だ。レースは特別に無防備だし、いくつもの国を通過する。砂漠は広く、人もいない。こういう地域でどうテロから守るかは至難だ」
“ダカール・ラリーは不滅です”
かつての長嶋さんを彷彿とさせるA.S.Oのエティエンヌ・ラビーヌ代表の声明は、政治・経済・国際環境・国家・宗教・人々の思惑・主張そして強欲…、など坩堝(るつぼ)の中で、実現するのでしょうか。
|